分別の思想・・・市バス運転手給与

赤字の市バスの運転手の給与が、民間市バスの給与よりも多いのは、けしからん・・・の論理。大衆には受けるだろう・・・私も小学生程度の思考力なら、もろ手を挙げて賛成するかもしれない・・・但し、「金額」を生で議論することは避けたい・・・

まず、赤字路線だが・・・公共交通機関といえでも、純・民間、民間委託、そして「市バス」では、その「経営」の手法も、conceptも事成って当然だろう。
純・民間の論戦なら、利益がでなくなれば、出なければ、そもそも路線を設置しないであろうし、人口動向に依って、人口が減り、乗車率が低下すれば・・・利益line以下に・・・その路線は廃止される。其処には、地域の人々の利便性を考慮する余地は少ない。バス経営の論理から言えば、「運賃」を見あった金額に再設定(値上げ)するか、路線廃止しかない。特に、山間部(崩壊集落)・・・片道一時間以上も街から離れた・・・に、数家族、多くても数十家族が住む場所の路線・・・黒字になり様がなければ、「廃止」の憂き目にあうのは当然だろう。廃止になれば、行政が、行政負担で、バス・・・ミニバス・・・を走らせる。所詮は、この負担は、路線の赤字と同じ・・・それが、橋下市長には、運転手の給料が高すぎる・・・と言うことになるのだろう。が、赤字路線を放置しておいて、運転手の給与が高すぎると言う論理は・・・如何なものか。味噌も糞もごった混ぜの論理ならぬ暴論に聞こえるのだが・・・・今日に至る経過を無視して、突然に、「お前ら・・・給料が多すぎる・・・」と言われても、言われた側には、寝耳に水であろう。また、市バスの給与が良いので、他の民営バスから転職した運転手もいるだろう・・・市バスは、給与の優位で、優秀なバスを確保しているのだと言えなくもない。人気に乗じた感情的な「宣言」であると、私には感じられるのだが・・・。

一体に、大都市の市バス・運転手の給与が多い・・・東京・神奈川・・・・何故か、その分析も、我々には示されない。3・知事・市長が、大阪をモデル地区にして、今回の「橋下宣言」となったのなら、また別の議論が必要だろう。例えば、民営バス・運転手の報酬に近づけると言うのなら、運転手の給与の引き下げではなく、民営化・自由競争の方向に市政が向かなければならないのではないか。福岡市の様に、完全・民営・・・西鉄独占だが・・・の都市もあるのだから・・・。しかし、周辺都市部では、公共交通の切り捨てが行われてはいるのだが・・・また、地方都市部の高齢化が、地方行政の、住民の「足」の為に、多額の出費をしながら、それなりに評判が悪いのも実情である・・・おそらく、「法規制」によるものだと、私は見ているのだが・・・。

私の街では、行政の運営する「ミニバス」の運転手は、地元のタクシーの運転手である。従って、バスが万人になった時には、タクシーが駆けつけてくれる・・・勿論、乗車料金は「バス」並みであり、私としては、良い方法だと思うが、路線の経路の問題が、スマートに解決する方法がないものか・・・と、行政の知恵に期待はする。

バスの運転手の給与を民間並みに引き下げる・・・それが「40%」カット・・・都市部で、バスを使わない元気な人々には受けるだろう。しかし、僻地、僻地に近い地域の人々には、路線廃止、便数減・・・ないよりも、運転手の質の低下を心配するのではないか・・・

また、「地下鉄」との比較で、路線の営業成績を比較し、運転手の給与を論じている様だが、地下鉄の運賃が高すぎるのではないか・・・との疑問も残る。また、地下鉄の運転手と、僻地の路線を走るバスの、運転手の精神的疲労、また都市部は都市部特有の精神的疲労も、地下鉄運転手とは比較にならないのではないか・・・私の目線では、十分な議論は不可能であろうが、橋下市長の発想も、私に負けず劣らず、少々お粗末ではないか・・・全てが、「維新」勢力の戦況戦法であるならば、それの犠牲者は「大阪市民」だから、結果をごろうじ・・・と、高見の見物を楽しませていただくだけだが・・・。

提案とは、その問題の「分別」が、可能な限り分かりやすく、細かになされているべきであろう・・・市民との議論の為にも・・・・市民に見えていないことも多々ある。市長や行政の担当者に見えていないことも多々あるだろう・・・長年運営されて来たsystemなのだから・・・そのことを双方は、関係者が意識して討論を行えば、それなりの結論は得られるのであろうが・・・結果は、その真摯さの価値であり、失敗からの敗者復活も、また、その真摯さの賜物であるのだろう・・・私の感想である。橋下市長・・・楽しませて下さい。