滋賀県に、小沢東照宮建立か!

合従連衡、権謀術策、離合集散・・・中国・三国志を見ている様だ・・・面白いと言えば、面白いのだが、昭和初期の状況が、これに匹敵しないのだったら、恐らく「神代」以来の大騒動なのだろう。道州制等とケチなことを云わずに、小国に分裂して、連邦なり、連合なりして、「日本」を解体したらどうなんだ・・・と、叫びたくなる。

日本未来の党」の嘉田代表が、「小沢さんを大事にしたい・・・」と、公開討論会の席上で発言するくらいだから、己の実力の程は十分に認識しているのだろう。その意味では“謙虚”で微笑ましい。しかし、大事にしたい・・・とは、神棚に上げることなのか・・・・「事・成った」暁には、「小沢大明神」ならぬ、「小沢大権現」の「滋賀東照宮」を建立するつもりなのだろうか・・・まだまだ、纏まりのはっきりしない、烏合衆参の党とも呼べない政党だから、「神棚」でも作って、集団で合唱・合掌し、急ごしらえの“祝詞”でも挙げないと纏まりが付かないのかもしれない。

それにしても、本来なら「人品卑しからぬ」老人でなければならない「老・政治家」が、己の「主」を探して右往左往する姿は卑しい・・・中には、己が集めた同志から追い出されても、それを恥とするでもなく、誰かに拾われようとする魂胆・・・卑しさの前に「惨め」。何をか言わん!
こんな老人に、「老」の字を冠することさえ憚られる。現代の若者には、かくの如き老人になる様な人生は忌避してもらいたいものだ・・・私世代は、ひとかどの仕事をした「老」を尊敬もし、勉強もさせてもらったものだが・・・「年功序列」が崩壊し、「年の功」と云う言葉が、殆ど「死語化」していることが良く理解できる・・・毎日のTVの映像である。

選挙を前にして、引退の高齢政治家が多い。例年だと、もう一期くらいは・・・・と、年齢の方の引退は、卑しい、就職活動的な、あついは、親分探しのチンピラの如き、老・政治家を眺めていると思いたくなる。
悪貨は良貨を駆逐する。


ガラパゴス的政党が、新旧政党へ咬みついて、その存在感を示そうと必死だが、stereotypeな言葉しか発し得ない状況では、望むものは何もない。ただ、目ざわりになるだけだ・・・「闇鍋」・・・つまみ上げてみれば、それは「古草履」だったりして・・・楽しみもあるだろう。