飲酒運転王国・・・その2


昨日の記事も、大企業城下町・・・炭鉱であろうと鉄鋼であろうと・・・・五市合併前の北九州・八幡市。飲酒運転の取り締まりは目にしたことがない時代、スピード違反、粗暴運転や、妨害運転は、それなりに、警察の摘発、注意を受けていた。市街地で誰何される光景も日常としてあったが、大企業の社員は、「身分証明書・・・企業の通用門を通過する時に提示する・・・通称;門鑑」を見せれば、警察官は、即座に無罪放免・・・・そんな光景は日常惨事だった。

そんな街に、飲酒運転の厳しさが容易に浸透するはずがない・・・昨今の「飲酒運転」の事故の度に聞く「嘆き」に、私は、半ばあきらめている。何故なら、北九州は、東西に「帯」の様に長い街である・・・幅は山に狭められているが・・・酒を飲みに行くにも、JRを使うのは非弁である。況や市内電車等を使えば、二次会は夜明けになる感覚であり、呑み終わっての帰宅は、朝帰りにも成りかねない・・・・忘年会、送別会、新年会、歓送迎会に「クルマ」は必需品であることを否定出来ない。

「今夜、一杯やるか・・・?」との誘いに、「誰のクルマで行くの・・・」は、日常の会話である。また、退社後の、野外のsports・・・道具を運んだり、飲み物を運んだり・・・やはりクルマは必需品・・・・遊びが終われば、その興奮冷めやらぬ間に一次会が始まる。それから帰宅するにしても、二次会に行くにしても、バスなどは通っていないのだから、クルマしか移動手段はない。結局「飲酒運転」である。

また、都市の拡張は、都市の周りに「ドーナツ型」の団地が誕生する。ここから都市への通勤は、公共交通機関が整備されないかいぎりクルマである。飲酒運転の取り締まりが厳しくなり、啓蒙が広がるにつれて、土曜日の宴会が減少して、金曜日の移行したのは、ある意味革命でもあるのだが、やはり、金曜日に都市の中心部にクルマを置いて、翌日、わざわざ取りにくるのはおっくううなものである。「余り呑まなければいいか・・・」との油断が生れるのもむべなるかな・・・案外に、飲酒運転が減らない、最大の原因なのかもしれないのである。

博多、北九州・・・・事故を厳しく取り締まり、厳罰を課すことで、問題を解決出来るか・・・・私は不可能だと思う。人の理性は、あるいはethosは、その環境から生れると言っても過言ではないだろう。「飲酒運転」を余儀なくされる環境を作り・・・無意識ではあっても・・・その環境の中で、環境を意識せずに日々を送る・・・・事故らなければ”いいか”との意識の芽生えは止めようがないだろう。

東京などの大都市に本社を構える企業の中には、本社ビルの中に、比較的豪華な「Bar」などを準備して、その場所に現れた時に、「key」を取り上げる。alcoholを呑んだか否かは、その宴が終わった時に判断される・・・そんなsystemを準備している・・・時々接待を受けたが、呑まないつもりが、興に乗って口にしてしまう・・・keyを預けているので「諦め」が早い・・・時に、執務室で夜を明かし、宿直室で夜警の方と同宿と云う事もしばしばだった。

もし、博多、北九州が、本気で「飲酒運転」を撲滅したかったら、「飲酒driver」の宿泊設備〜勿論無料で提供〜を準備する位でなければならないだろう。最近は、「代行driver」の看板も目にすることが少ない・・・・コスト高に利用者が減少していて、その分だkれ、飲酒運転が増えているのではないかと、私は疑う。

働く人間は、その神経を働く事に集中させ、理念も、働くことを中心に醸成される・・・・人間、全方向に善人であることは不可能である。右が得意なら左が疎かになる。その疎かな部分を自己責任で補えというのであれば、其処に生れる悲惨な現象もまた、被害者の自己責任としなければならないだろう。

己の「善」を信じるばかりで、その「善」すら、時には怪しいものであることを考えようともしないでは、争いも事故も、人間のDNAとして、認めていることになる。まずは、その自覚から始めてはどうか・・・・