見えない敵に怯えた果ての・・・・「原発」と云う技術・・・・

原発」がこれほど脆いものだったとは・・・・我々は、「燃料棒」と云う、「原爆」の上で生活していたことになる。つまり、燃料棒の一本一本が、夫々「原爆」であり、その上に安眠しながら、緩慢に、安穏に、「死」を待っていたと云うべきだろう。

個々に独立している筈の原子炉が、連鎖的に冷却装置の不具合で、連続的に異常な状態になる。私は、設計conceptの傲慢か、設計ミスか、あるいは施工ミスを、今日まで放置していたのではないか・・・・不安全を知りながら、40年間を経過させた・・・と見るのだが、追々事実は明らかになるだろう・・・・肝心の責任問題に発展する部分を隠蔽しながら・・・・。もし、今後、この原発を再開させるなら、その図面、資料の全てをmediaに解放し、国民の目に明らかにしてから再稼働すべきだろう。今回も、東電の発表にしかnewssauceがなかったのが、かえって、国民を不安にさせた。情報の元となり資料の公開が前提にあれば、国民の理解も早かったし、東電の対応も、住民・国民の合意の中で効果的に生きたのではないかと思うからである。

恐らく、我が国の「電力」は、火力に戻るだろう。一旦は戻るべきである。「地球温暖化」という、曖昧模糊とした風評にも似た「論」で、ごり押し建設される「原発」である。そして、その環境下でenergyの無駄使いが奨励されていて、small技術の開発が、そのcostの低減と共に忘れられている。

太陽光パネル・・・・富裕層には自費で、負担能力のない家庭には、当面国費で・・・そして、国費で装置した物件は、その物件とその周辺の売却の際に、その費用を回収することも可能だろう。家庭用電力を全て太陽光にするだけで、相当省エネになるのではないか。加えて、無駄な電力の使用を抑える。都市部のネオンの電力は高額な負担を迫る・・・・などなど。

また、地球温暖化・・・等と云う、demagogyにも似た「化け物」への対応をもっと厳格に考察すべきである。例えば、海面が上昇する・・・・人間の生活が何処まで脅かされるのか・・・南海の小島・孤島の水没が、それほど重大なのか・・・・温暖化で砂漠に緑を復活させることは、本当に不可能なのか・・・温暖化で蒸発が多くなれば、雨も多くなるのではないか・・・あるいは、人間の住み方を変えることで、省エネの効果を増す事は不可能なのか・・・・まだまだ考える事・研究することは沢山あるだろう・・・。

また、化石燃料の枯渇・・・・原油の埋蔵量は、正確に推量されているのか・・・既存の油田も90%は遺したまま廃棄されていると云う。勿論、costの問題だろう。costが上がれば原油も高騰する・・・当然である。産業の競争は、省エネの技術の競争になる。そこを怠慢に放置したまま、原発で安価なenergyを造り出そうと云う魂胆は、根本から間違っていると私は考える。

今回「原発」の事故の功績は、「原発」の持つ情報を大量に放出したことである・・・放射能と共に。あとは、「地球温暖化」と云う、存在すら危ぶまれる「化け物」の正体を個々の人間が、自分で検証することであろう。

パチンコの派手なネオンが無くなれば、君はパチンコから足が遠のくか・・・あのネオンが、君には必要か。スーパー、デパートの過剰な照明・・・客に必要ならば、そのcostは商品に上乗せし、客の負担とすべきであろう。

地球温暖化」と云う見えない敵に怯えて、原発という目の前の敵に叩きのめされた・・・こんかい、原発事故の教訓でもあるだろう。