民主党のTPP騒動に思う

ゆくゆくは、自民党に波及し、社民党共産党、あるいはみんなの党が、大声で「反対」を叫ぶのだろう。恐らく、その声の大きさは、民主党内の騒動の比ではないはず・・・野田総理は、そう読んでいるのだろう。そして、自民党の中の良識ある議員と民主党内の良識ある議員との合意は、それほど困難なものではないとも・・・但し、他の政策の「引き出物」にされる可能性はあるだろう・・・その「引き出物」を如何に安く済ませるか・・・これは、国会対策委員長の、政調会長の手腕であり、その首尾如何は、委員長、会長の将来を約するものであり、あるいは、陥穽になるものでもあると・・・読んでいるのだと思う。

TVのCMの大部分が、「通信販売」の昨今である。時に、違法薬物までもが通信販売で買える時代・・・他の国から安いものが輸入されては困る・・・等と言う考えが、妥当なものか、否か。\100ショップだって、中国から輸入するから百円なのであって、これを禁じれば、通信販売網が、その儲けを手にするだけであろう。国内販売のクルマだって、純正日本製で、この価格で買えるはずがない・・・冷静に考えれば、「自由化」を止めることは、国民に、国家への「怨差」を駆り立てるだけではないのか・・・。ユニクロが、世界に羽場てけるのも、今回ニューヨークに、世界最大の売り場面積を持つ店舗を開店したのも、日本国内の製産でないが故に可能だったのではないか・・・それでも、和服に拘る人がいて、国内デザイナーのファッションを指向する人がいて・・・市場は多彩になる。そして、価値は、諸費者が決めるものなのである。
外国のものが入ってきて、国内のものがなくなる・・・それは、なくなるべくしてなくなっているのであり、消費者の感性を無視した、ある意味、専制的な傲慢さでもあるだろう。国内産業の衰退を懸念する意見も多いが、知恵なき国民、感性なき国民と、感性豊かな国民、知性豊かな国民、理性に厳しい国民が、同居しているのであるから、多面的に劣るものが、淘汰されるのは当然であろう。
ルネッサンスに火を付けたギリシャが、此処に来て世界の厄介者になりつつある・・・国家が消滅し、新たな知恵で、この地が開発されれば、現・ギリシャ人の生存の道もあろうが、相も変わらず世界遺産に縋って、怠惰な日々を過ごしていては、ギリシャと言う国家の存在価値はないだろう・・・ただただ、「鉄のカーテン」を守るだけの国家だったギリシャに「落日」の日が訪れたに過ぎない・・・・同情の余地はない。

TPPで日本の農業が全滅する・・・本当にそう思っているのか・・・私は、政争の具にしているだけではないのか。それでも、当面の厳しい条件に対応する為の「知恵」であると、私は考えたい。
最大のものは「米」であろうが、私の体験からも、「カリフォルニア米」は、私の味覚になんの障害にもならない。平成4年頃に輸入された「タイ米」も、私は、日本米とは違った「味」だとは思ったが、まずい米だとは思わなかった。当時、アメリカから輸入されたリンゴが、イオン・スーパーで、安く売られていたが、そのまま齧れば、確かに日本のリンゴの様には馴染めないものだった・・・しかし、友人が「ジャム」にした時は、違った味がしただけ、それはそれで、一つの味だった。

「米」が自由化になれば、回転すしに、アメリカ米の寿司、タイ米の寿司、中国米の寿司、豪州米の寿司・・・と、バラエティー溢れる商品が溢れるのではないか・・・後は、価格と味である。ネタは一種類・・・米の違う寿司が一つの盆に並ぶ・・・愉しいのではないか。
わが家は、少なくとも、「牛肉」・・・豪州産・・・が、安くなると喜んでいる。和牛の持ったぶった売り方と値段に多少の反感を抱いているからである・・・そして、偽物を価値あらしめるのが、「和牛=美味」の神話だと思わせられていることへの怒りもある。

更に言えば、先進各国共に、農業後継者の減少を危惧している現状にあって・・・そんなに農業製品に「力」を入れるのなら、外国に土地を借用して、好みの農業を行う方法だってある。国内では得られない、高額な所得がえられるのではないか。また、中国の農製品の様な「汚染農業」の改善にも功績を残すことになるのではないか。

時々ニュースに聞く「農地法」程にふざけた法律はない。農業に熱心な農業従事者の足を引っ張るだけの法律・・・農地の拡大を妨害するようなものではないか・・・。そもそも、自然を相手にする生産活動であってみれば、「弱肉強食」的な力関係を温存しながら、そのコントロールを法的に行えばいいのであって、競争を制限するべきではないだろう。地方では、地産直送の店舗と、スーパーの売り場が共存関係にある。しかし、それは、地場農業が、過保護の関係にあることは否めない・・・しかし、それは、共同化で多分に競争力を付けることが可能なものであると言う。また、農地と台所が近いのだから、その販売方法の工夫も可能であろう・・・一本の大根を如何に、家庭の主婦の手に渡すか・・・その工夫があれば、日本の農業が滅びることはない・・・と、私は確信する。

また、外食が、内食より安い・・・私世代には不思議な光景なのだが・・・その現実に対抗するには、地産の普及と確立、そして「内食」の普及・・・これには教育も関与すべきだろう・・・を於いてないのではないか。

我々の、今日の日常が「開国」によって齎されたこと・・・今一度問い直す必要があるのかも知れない。新聞では、TPP推進派の議員には落着きがあるが、反対派・・・抵抗勢力・・・の議員には焦りが見えると言う。恐らく、「建前」の反対姿勢を、都会化した選挙区で「本音・・・TPP推進」に切り替える方策・謀略を、腹の中で練っているからだろう。大勢は決しているのだと、私は思うのだが・・・戦後に、農家の庭先で、這いつくばって「食べ物」を乞うた父の姿が、今日にも「まぶた」に残る私に、農業への応援歌を歌う気持ちはない。