ポピュリズムの権化・・・小沢一郎

そもそも、前回選挙の、民主党マニフェスト・・・格好よく、気前よく、国民に期待を持たせた・・・恐らく、腹の中では、「約束はしたが、それが実現するとは言っていない・・・・そもそも、実現するのは、皆さん(国民)の努力に掛かっているのだから・・・」と、彼は言いたいのだろうと思う。故に、「国民が努力するから、耐えるから・・・消費税を上げてはならない!」と、言っていると、私には聞こえる・・・「財源などあるはずがない・・・」と、うそぶいているとも・・・。

厚顔無恥も、ここまで来れば立派なものである。「嘘も方便」を遥かに凌駕している。盟友・渡辺恒三も、党を割ることはないし、不可能だろうと、おっしゃる・・・果たしてそうか・・・。自分で「巣作り」をしなくても、他人の「巣」の中で、自分を太らせれば、それが最も効率的だ・・・その為には、「野田総理」には、出て行ってもらいましょう・・・と、宣言しているのであろう。

消費税は上げない・・・と、公約して当選して来た「一年生議員」には、消費税アップは、辛い選択である。しかし、埋蔵金は、殆どないことが、政権の中に入ってみて初めて分かった・・・元自民党の議員にして・・・・官僚の凄さであろう。己の人気の凋落を「新党」で支え、郵政改革反対の旗印で、議席を守り得ないで「党」を割り、脱党した、元自民党議員・・・己の、不甲斐なさを嘆いていることだろうが、泣いているのは、その様な議員に一票を投じた市民である。「泣くに泣けない・・・」心境とは、このことだろう。この期に及んで・・・の感は免れない。
加えて、「仕分け」が、殆ど人気回復のshowでしかなかったことが判明、蓮舫のパフォーマンスどころか、“やらせ”でもあった様子が伺えるに至って、小沢一郎の打つ手も、この欺瞞しかない・・・・しかし、民主党を壊すエネルギーはおろか、新党結成のエネルギーすら、枯渇しているらしい様子が、その表情に伺える。

ネット配信に期待を寄せているらしいのも、哀れを誘うものがある。少なくとも、私の周りで、ネットでニュースを見ている、聞いている人間は皆無である。ブログも幾つか逍遥してみるが、政治・経済に関心のあるらしいブログには、殆ど出会わない・・・yahooブログに、その点では、最高点を付けたいと、私は思う・・・私如きのブログに、年に1,2度は、100人超のアクセスがあるのだから・・・通常は5〜30人・・・。中国や中東の国々とは、一線を画して考えないと、世界を見誤る・・・その意味では、ネットの情報で若者が・・・誘導された中高年も含めて・・・騒ぐロシアも、後進国であると、私は断じる。

日本の世論が今、静かなのも、かつての安保闘争や、70年代の学園闘争・・・古くは、炭労の傍若無人な闘争のイメージが、節操ある政治的国民・市民を誕生させているのだと、私は、現在を観察する。多少、もの足りないものを感じる向きもあるだろうが・・・何故、現在があるのか、こうなっているのか・・・それを考える為の教育は得ているのであり、個々人が、その思考力を多少でも磨けば、今は騒ぐことではない・・・・寧ろ、国内外の「怯え」が、何故生じるのか、何故、個人で克服出来ないのか・・・perfectな答えはなくとも、今取るべき行動が奈辺にあるのかは、見当がつくはずである・・・警戒すべきは、ポピュリズムで政権を取り、その失態を、ポピュリズムで解決して、己の権力を守ろうとする「小沢一郎」如き政治家に跋扈させない「良識」に問いかけることは出来るだろう・・・・今、76歳・・・新年からは、己の人生を「余白」と位置付けた。

余白のブログが、如何なるものであるべきか・・・まだ、答えはない。しかし、怒りだけは押さえたい・・・と。