平成の「人足寄場」・・・・成功の鍵は?


先祖還り・・・人足寄場・・・

長崎県で試行されているのか、西日本新聞・今朝の一面のtop記事・・・「累犯障害者厚生」施設が、全国体に広がる様相・・・というもの。長崎の実態が、記事に充分に読みとれないのだが、福岡市で、「刑務所」が出来る・・・と、言うだけで、街中が大騒ぎになったのは、つい先ごろである。
私は、父が刑務官だったこともあり、北九州の「畑ダム」の建設現場に、多くの囚人が働くのも目にしたし、彼等の食事のご相伴に預かったこともある。特に、「旗日」には、ぜんざいが振舞われたり、おはぎを御馳走になったり、そして、タイミングが良いと、散髪もしてもらっていた。副看守長(に昇格した直後だっただろうか・・・)、その作業場(飯場)に派遣される囚人の監視にあたる、刑務官の「場長」だったから・・・囚人の作った食事に、ひと箸つけて、OKを出す父の姿を、今に髣髴とする。

子供(中学生)とは言え、囚人が私と会話をすることは、厳禁である。私の散髪に、一人の刑務官が監視に立つ・・・思えば、贅沢な散髪ではあった。私の家からは、一時間超・・・父の着替えをとどけるのが、私の役目だった。総じて、囚人に対して優しく接している父の姿が、家にあって私に厳しい父とは対照的に、私には見えていた。歯ブラシの柄の、細かい細工もの(牢内で作ることは禁じられている・・・)を、没収しても、黙って家に持ち帰っていた。届き、刑が終了して出所した、元・囚人が、父を訪ねてくることもあった・・・母は怖がっていたのだが・・・・。

ダムの飯場で、囚人が哀れに見えたのは、入浴の光景だった。看守が何やら号令を発すると、囚人達は、一斉に湯船につかり、次の号令で、湯船から出て、身体を洗う。そして、次の号令で、湯船につかり、次の号令で湯船から上がり、着衣をする・・・風呂の好きな人も、長湯の好きな人も、長湯の嫌いの人も・・・個性が全く無視されている様子・・・23歳で、圧延現場のshift・managerになった時に、一つの指示を徹底させるための辛さ・難しさを体験するようになって、時々、思い出していた・・・人間の世界は、個人と言う人間(性)を無視する所に、その機能を機能させなければならない矛盾を持っているのだ・・・と、感じたものだった。

そして、山本周五郎・「さぶ」を読んだ時・・・父の傍で体験した日々が、新鮮なものとして蘇えっていた。そして、今朝のニュースである・・・・
直感的に、平成の「人足寄場」・・・だと、思った。江戸・小石川に、鬼平こと、火付け盗賊改め方の長・長谷川平蔵の発案で創設されたものであるという。奉行所の役人・・・与力・同心の刀は、「歯止め」がされていた、チャンバラになっても、相手を切ることはできない。せいぜい、気絶させるのが落ちである。反して、火付け盗賊改め方の刀は、殺傷力が強い。名うての剣豪の与力・同心が配備されているのだから、刀も太く、長い・・・切り捨て御免の機能を十分に備えたものであった。故に、火付け盗賊改め方は、恐れられたのである。

「江戸に行けば飯が食える・・・」。善良な市民(大衆)が江戸の集まった所以である。しかも、「入り鉄砲に出女」の法度に加えて、江戸は、人口の三分の二が「男」・・・男が女性にもてるのは、それが商売女であっても非常に厳しいものだった・・・そこに、江戸の文化の真骨頂がある。女性が少ないから、男性が女性化する・・・幕末に至って、旗本八万騎が、殆ど役立たずになっていた主原因があるのだと、多くの歴史家は語る。反面で、文人・・・茶道家、画家、戯作者等の多くが、部屋住みの、次男以下の旗本から誕生する。犯罪者も多かったが、江戸の文化の多様性が生んだ「格差」から、大盗賊も誕生する・・・そして、平蔵が憎んだのが、いわゆる「急ぎ働き」という盗賊のstyleである。圧倒的な武力で商家や隠居旗本を狙うのだが、その証拠隠滅の為に、押し入り先の家人・雇い人の全てを惨殺する盗賊・・・。「八州方」、「奉行所及び配下の十手持ち」等の情報に加えて、長谷川平蔵配下の探索方の情報・・・が、その戦力である。

平蔵配下の探索型・・・つまり「犬」・・・は、平蔵の温情に命を救われた者たちである。その思想が、比較的軽微な犯罪者の再犯を防ぐ為に設けられたのが、小石川の「人足寄せ」である。此処で、仕事を覚え、犯罪から遠ざかっている間に性根を改める・・・再度娑婆へ出るものも、あれば、言い渡された勤めを終えても、生涯を此処で働き、他の囚人の世話をすることも許される。

山本周五郎描く、「さぶ」の主人公・英二も、無実の罪(作者の筆は匂わせるが・・・)で、此処に送られる。しかし、利発な青年であるだけに、その理不尽な運命を呪い、荒れる・・・それを、静かに諭す、与力・岡本、そして、同じ身分の人足との交流の中で、英二は成長し、その英二を支える友人達がいて、鈍重な「さぶ」とと共に、指物師としての再出発を果たす。

寄場人足を、斯様に描いた小説も、殆ど山本周五郎だけではないかと思うが、まだまだ読まれて良い小説だと思う。毎年、夏休みが近づくと、この小説が、書店に平積みされる・・・根強い読者が絶えないのだろう・・・私は嬉しい。
曽野綾子流に言えば、この文学は、「許し」の文学なのである。英二を犯罪者にしたのは、「さぶ」の陰謀だったのか・・・彼は、その様に告白しているのだが・・・英二がそれを信じた気配を小説から感じ取ることは出来ない。英二が問われた犯罪は、ある意味では「運命」かもしれない。傲慢な英二の鼻をへし折る神の技かも知れない・・・寄場の中の色々な事件、出会いを通じて、時に暴力を用いることがあっても、最後は、英二の「許し」の姿勢が、彼を成長させる・・・私は、その様に読んだ・・・今は、座右の一冊になっている所以である。また、アラン・幸福論の、「憂欝」の章の一節にも通じるものだろうと、私は思う。

恐らく、此処を逃げ出して、再犯を繰り返した犯罪者も少なからずいたことだろう・・・しかし、江戸の町民は、長谷川平蔵を信じたのではなかったろうか・・・平成の「人足寄場」もまた、地域住民の覚悟と優しさが、その効果を決める要因であろう・・・。

飲酒運転の可能性を知りながら「酒」を勧める「優しさ」と、厚生に努力する犯罪者に注ぐ眼差しと・・・どちらに貴方の気持ちは動きますか・・・勝負のポイントでもあるだろう。