北九州市・瓦礫受け入れへ・・・北九州市よ! 東日本の救世主足れ!

北九州市が、瓦礫の受け入れに動きを見せ始めた・・・と、今朝のnewsである。この街は、五市合併の最初の市長に「革新系」の市長を選んだ・・・吉田法晴。勢いついた自治労の不見識極まる政治闘争の結果他、街が「ゴミの都市」に変じた。自治労が、自らの主張・・・ゴミとは無関係の・・・を貫くために、「家庭ゴミ」を「質」に取って、街中をゴミで満たしたのである。爾来、革新系の市長の誕生はなく今日に至っている・・・勿論、革新系国会議員も、昔日の面影はないのではないか・・・最近の情勢については疎いのだが・・・

総体的に、鉄都としられる北九州であるが、「鉄鋼産業」を表に掲げる地域は、八幡、戸畑、そして小倉である。若松は、「石炭」の積み出し港・・・戦前までの北部九州の文化は、筑豊炭田の飯塚、そして、遠賀川支流の運河・堀川・終点の若松だったのである。北九州の「男伊達」は、この筑豊に、その潔さは、遠賀川を下り・・石炭を若松港に運ぶ・・・その帰り舟の船頭に培われたものである。中間市の唐戸・・・ここに、堀川への水門があり、此処を有利に通過するための争いで、磨かれた男達の意気であり、仁義であったと、父は語っていた。私の小学生の頃には、鉄道の開通で職を失った、かつての船頭さんがいて、その方の家の縁側でよく遊ばせていただいていたものである。私達悪童に強さを見せることはなかったが、遊びの中の不正には厳しかった。我が子も、他人の子供も、不正を正す姿勢に変わりはなかった・・・そんな時は、本当に怖かった。
また、若松の、石炭積み出し・・・その光景は凄まじいものだったらしい・・・「蝶々、蜻蛉が鳥ならば、沖のゴンゾウも人の中」と蔑まれた人夫達と、それを仕切る、今日的で言えば「ヤクザ」の世界・・・私の理解では・・・その大親分が「玉井金五郎」そして、その息子が「火野葦平」・・・「麦と兵隊」で一世を風靡したが、戦後は、理不尽にその罪を問われた。その甥が、アフガンに貢献している「中村 哲」である。「中村 哲」自身は宗像と縁が深いらしいが、その中に流れる「血」は、まぎれもなく「川筋気質」そして、若松の「ゴンゾ」を取り仕切った「命・DNA」が流れているのだと、私は考えている。

今、鉄都も、炭坑も、その面影はない。しかし、北九州〜筑豊の地下には、多くの、日本を支えた炭坑manが、その事故に倒れ、地下に眠ったままになっているのである。昨今、過去の遺産が騒がれるが、筑豊・北九州は、古い上着を脱ぎ捨てるに躊躇しない。幾多の坑口が閉鎖され。姿を消した。また、北部九州の美しい、スキップ型(ピラミッド)のボタ山も、早々に、姿を消した。今、それと判別できるボタ山は少ない。
私の知る限りで言えば、飯塚・平恒の3連ボタ山、そして、中間市の緑に覆われた、これも3連のボタ山だけである。鞍手郡の燃えるボタ山も姿を消して久しい・・・このボタ山は、私の家の庭先から朝夕に、その煙が見られたものである。
また、台地型のボタ山は、炭坑衰退と共に、早々に姿を消した。このボタ山の主人公が、「棹取り・・・さおどり」と呼ばれる、いなせなお兄さんたちだった。近くで働く女性達、あるいは、ボタ山に石炭を拾う女性達との間に、幾多のロマンスがあり、痴話喧嘩があり、時に血の雨が降った。私達悪童の「性的教育」の、格好の手本でもあったのである。そんな環境の中で育ったお陰で、私達世代は、中卒で、一端の大人としての人格・仁義を備えていたのである。

炭坑は、「ボタ山」と「陥落池」という、強大な、膨大な産業廃棄物を残して姿を消した。その一部が、今、歴史遺産として評価されているが、その産業廃棄物を、ものの見事に、見えない姿で再生させ、多くの人々の生活を支えていることを考えるべきである。陥落池で泳ぎを覚え、その池で強い身体を作った私には、懐かしくもあり、心に鎮座する生涯の財産でもある。

そんな北九州市が、東日本の被災地の「瓦礫」を引き受ける・・・私の信条からすれば、遅すぎた位である。特に、玉井大親分の故地・若松は、いまや、ゴミ・廃棄物処理のメッカでもある。弱きものを助け、他人の嫌がる仕事を、潔く引き受ける・・・これぞ、北九州のethosと言うべきもの・・・この地に住む資格なきethosを持った、intelligentsia女性と、それに悪乗りする、男ならぬ男の恰好をした男連が反対しているらしい・・・本来、この地に住む資格のない人間なのだと、私は断定する。
北九州市の「瓦礫」引き受けが、全国的に、その心情を広げてくれればと思う。長崎県の「軍艦島」なども、長崎・福岡・佐賀・・・の連携で、瓦礫の一時貯留、そして、この地での処理の方策を講じる事が叶わないだろうか・・・知恵者が現れても良いと思うのだが・・・。恐らく、北九州市・若松の「瓦礫処理」からは、新しい技術が生れ、今後の列島各地の震災への対処に大きな貢献をするのだと、私は確信する。