東日本大震災・孤児達へ・・・・・・追記;ロマン・ロラン;ジャン・クリストフ

頑張れ!・・・孤児たち!

私たちを、亡くなった人(故人)に近づける最も確実な道は、亡くなった人の後追いする(共に死ぬ)ことではなくて、君が生きることにあるのである。亡くなった人(故人)は、君が「生;生きること」によって、生き上がり、私達の死によって、死んでいくのである。ジャン・クリストフ(ロマン・ローラン)

君達が、どんな「成人式」を迎えるのだろう・・・75歳の私が目に出来れば、望外の幸せだが、それは望むまい。私の「遺言状」である。

終戦を私は北朝鮮興南で迎えた・・・9歳。故に、空襲を知らない、戦災を知らない、そして、広島、長崎の「原爆」も・・・興南朝鮮人のおじさんたちに、「日本はなくなったから、このまま此処(興南)に居なさい・・・」と、優しく聞かされていた。朝鮮人の情にほだされて、彼の地に残った日本人も多いはずである。私が、日本に帰国(脱出)したのは、父の決断だった。広島を見たのは、昭和22年の夏休み、正月を迎えることなく前年の大みそかに亡くなった祖母の遺骨の為に、広島を訪れた時である。仮駅舎の中には、戦災孤児(浮浪児)が何人もいて、その子たちに、食べている代用食のかんころ“饅頭”を奪われたりもした。切符を買う時は、出札口の向う側まで手を伸ばして、切符とお釣りを確保しなければならなかった・・・。親のない彼等の世間の風は冷たく、獣の様に差別され、憐みの眼さえむけられなかった。

「戦後」とは、そんな風景・光景から始まったのである。「鐘が鳴る丘」に感動した日々、「里の秋」の歌の存在の意味を改めて私が知る頃、日本は、復興への大きな歩みを始めていた。私が、工業高校を卒業して、鉄鋼企業に就職したのが「昭和30年」・・・9年後に、新幹線が走り、東京オリムピックが実現するとは夢にも、想像できなかった・・・成人式に、新幹線を語る来賓は居なかった・・・一途に「平和」を語った。また、東京オリムピックを語る来賓も居なかった。「5年前」の朝鮮半島の恐怖が先立つ不安だったのである。私の「成人式」の環境・雰囲気だった。

昭和36年・・・小さなcomputer・・・CAB500・・・が、私の触れたcomputerだった。緑の窓口が、その完成に近づいていた・・・新幹線の開業を目指して・・・日本航空全日空が、予約システムの準備に忙しかった・・・と、私には見えた。証券会社向けの色々な表示(数値)装置が開発されていた・・・それらは、鉄鋼企業・現場の合理化を促進するtoolでもあったと、私は理解した。新しい製鉄起業〜川崎製鉄・千葉〜では、加熱装置の、集中管理化された計装設備が自慢されていた。着々と、具体的には、新幹線、Olympicという目標に向って日本が、新しい時代に向って邁進しつつ、大きな脱皮をとげつつあった。其処に力を発揮していたのが、戦後の焼跡を彷徨っていた、遠くの戦場に散った父を思いつつ成長した、焼跡の子供達・孤児たちだった。また、貧しさのなかから立ちあがった母子であり、孤児であった。

私は、その仲間に入れて貰える資格は、あるいは無いかもしれない、しかし、個人GDPが世界第二の現在の日本を作り上げて来た「誇り」は、彼等のものであり、その傍で、その奮戦ぶりを目にしてきた私の誇りでもある。「敗戦」とは、満蒙に、南海に、あるいは、本土の都市に沢山の犠牲者の屍を乗り越えた「孤児」達がいた。

その一人が、美智子皇后のHPにある、妹の遺骸を背負って、荼毘の順番を待つ少年の姿であり、私が持つ写真は、胸から、遺骨の入った白木の箱を下げた少女の写真である・・・頭が坊主だから、説明がなければ男の子と見紛うものである。両方共に、私を殆ど同じ年齢だと察するが・・・東日本大震災の、被害者のnews、行方不明のnewsに、私の記憶が蘇える。

被災地の様子、避難所の様子・・・その後の、被災地の様子・・・復旧・復興が遅いと非難は轟々だが、私は、戦後とは違う、「豊かさ」の中の復興故の、遅滞であろうと考える。しかし、小学校を卒業し、中学校を卒業し、あるいは、入学する子供達、記憶は残るだろう。あるいは、鮮烈なsceneも蘇えるだろう。安穏とした頃の記憶も沢山残っているだけに、悲しみも、戦後の焼け跡とは違った形で豊富に残るだろう・・・それだけに悲しみをそそる「物」が多い。

しかし、君達の歩く先には、新しい東北があり、新しい日本がある。戦争が終わった時に、私達の眼の前にあったものとは違うものがあるだろう。打ちひしがれた大人の姿も、戦後とは比較にならないくらい多いだろう。しかし、憐みを掛けても、君達が絶望してはならない・・・君達には、君達が作る日本の姿がなければならない・・・それが、君達の「幸せ」なのである。

不平不満を言っている暇がない世界・日本・・・それが君たちの世界であり、生きる日本であり、君達の「幸せ」なのである。

高校生の「成人式」は数年後、中学生の「成人式」は、10年足らず、小学生の「成人式」は、ほぼ10年後・・・どんな成人になっているだろう。どんな成人式になるのだろう。そして、新しい日本の「大人」になるのである。「責任ある大人」となるために・・・君達の、これからの日々がある。
       頑張れ・孤児達!