何があっても、不満の国民の哀れさ・・・地獄に行くまで不満は消えないのか!

西日本新聞に、今回選挙への読者の感想を述べる、小さなcolumnがある。其処に、今回選挙のnamingと共に、200字程度の意見が述べられている。納得・・・もあるし、少し変だな・・・と言うものもある。今朝のコラムは・・・「何を考えているのか・・・」と、少々の“あきれ”と、阿呆な・・・と、怒りの感情がこみあげてきた。

Columnistの職業はタクシー運転手・・・自営らしい・・・小泉内閣の規制の緩和で、タクシーの新規参入が多くなり・・・規制が緩和されて・・・台数が増加した・・・この不況に、稼ぐに追いつかない苦しさを訴えるものだった。

国鉄の民営化、電電公社の民営化、煙草産業の民営化、そして、郵政の民営化・・・どれ程、この国が住みやすくなったか。あっと言う間に、働く人達の顔が明るくなり、serviceが増え、接客mannerがよくなり、全てに便利になった。

昭和40年頃から、月に数度の出張が常だった現役時代・・・その激変には驚いたものだ。駅は美しくなり、案内は親切になり、何を於いても、駅員のmannerの向上には驚いた・・・やればできるじゃないか・・・その恩恵に浴する度に感激したものである。電電公社の民営化なくしては、今日の情報社会は存在しない。また、世界の後塵すら拝して、2流、3流国の後塵を拝していることだろう。郵政の民営化・・・未だに批難の声が、化物の様な、薄汚れた国会議員が批難するが、リタイアした現在、私の最大の「友」である。

タクシーに於いても然り。夕方のラッシュになれば、横柄な態度・・・料金のお釣りを惜しむ様に渡し、時には、お釣りを横領するが如くにタクシーを発進させる。また、近くと見える客には、車を止めることもなく、やっと止まってくれたと思えば「乗車拒否」・・・東京駅で、六本木で・・・何度涙を流したか・・・タクシーのserviceの悪さは、田舎の小さな街ですら常だった。「金にならない客」・・・と見れば、その客が改札口を通る姿で、姿を消す・・・単身赴任した房総の街で、飲み屋の支払いに時間を要している間に、逃げてしまうこともしばしば・・・。私は、その様子に、転勤を何度も拒否した・・・その結果が定年を直前にしての単身赴任だった。

タクシーの運転手の身だしなみ・・・足下から頭のてっぺんまで・・・が、まともになったのは、営業の競い合いが激しくなってからである・・・と、私は思う。夜間の遠距離、しかも寂しい地域までの乗車が安心して出来るようになったのは、つい最近のことではないか・・・勿論、このい時期から、心な殺人鬼の犠牲も増えたのだが・・・・。その犠牲も、徐々に減少しつつある。政治の効果は歴然なのである。

政治を責める前に、批難する前に、国民が考えることが多々あるのではないか。国民とは実在の人間であり、政府とは法人であり、政治家とは、何が付託されたのか、その理由はなにか・・・等、選んだ国民の理念で、その資質は決まるものである。「苦情」の前に「考えよう・・・」と、私は訴えたい!